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リトル・バイ・リトル

0歳の女の子を育てながら暮らしています

予定日を過ぎても生まれてい我が子

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愛娘は予定日を10日過ぎて、ようやく産まれてきた。

 

臨月の検診の時に、「予定日より早く産まれるかもね」と言われていたので、スッカリその気なり、「明日には産まれるかもしれない」とワクワクしていた。

前駆陣痛があると、「産まれそうな気がする!」と夫に報告し、満月や雨の日はお産が進むと言われれば天気予報をチェックして、これまた夫に報告する。

 

そんな日々が2週間くらい続き、どんどん大きくなるお腹を抱える私はあっさりと予定日を迎えてしまった。

 

早く我が子に会いたい一心で、毎日1時間は散歩をし、せっせとスクワットや階段の上り下りを繰り返したりもしたけれど、陣痛の気配は全くやってこない。

夫からは「オレオレ詐欺ならぬ、産む産む詐欺だな笑」とジョークを飛ばされることにも慣れてきてしまった。

 

予定日を1週間過ぎた日、陣痛促進剤を打ちましょうね。入院セットも持ってきて下さいといわれ、いよいよ出産だ!と、意気込んで病院に向かう。

夫も朝から新幹線に乗って病院まで駆けつけてくれた。

 

そして、いよいよ朝9時から陣痛促進剤を開始。

緊張と好奇心が入り交じった何とも言えない気持ちの中、お腹の張りが定期的にやってきた。

けれど、陣痛の痛みとはほど遠く、サンドイッチを食べたり夫と談笑する余裕がある。

「あれ?陣痛ってもっとヒッヒッフーみたいな壮絶なイメージだよね」とか言いながらあっという間に夕方になってしまった。

すると先生がやってきて「今日は無理そうだから、やっぱり家帰ってまた明後日にしよう」と言うじゃない。

 

もう、本当に産まれるのかしら。本当にお腹に赤ちゃんいるのかしら。(いや絶対にいるし、絶対産まれるけどね)

そんなことをブツブツと言いながら家に戻った。

 

そして2日後。

2回目の陣痛促進剤を明日に控えていた夜、陣痛はやってきた。

 

 

 

 

 

マタニティーブルーと夫 

妊娠期間中、これまで一緒に過ごした時間の中で最も仲が良くなかった。
(こう思っているのも私だけかもしれないけど・・・)

今となっては「そんな心配無用だったわね」と笑い話に出来るけれど、
妊娠期間中は「この人はちゃんと父親になる自覚があるんだろうか?」
「子供のことをちゃんと可愛がってくれるんだろうか?」と疑いの眼差しを向けていた。

 

自分の体はどんどん変化して、お腹はみるみると大きくなるし、胎動だって感じる。
赤ちゃんを迎えるにあたっての必要なものの準備とか、病院がやってくれるお産のための教室とか、赤ちゃんのことを考える時間がどんどん増える。

そして仕事も休みに入ったら、ますます脳みその中は赤ちゃんのことで一杯になる。

 

そんな中、夫はいつもと変わらない生活。
赤ちゃんに必要なものが何なのか、お産の時に男性は何をすべきなのか、そんなこと一切知らなかった。
スマホで検索すればお腹の中の赤ちゃんの成長具合とか、赤ちゃんに必要なものとかすぐに分かる時代なのに。
そのくせ、暇さえあればスマホをいじってニュース見たり、調べ事をしている。


そんな時間があるんだったら、赤ちゃんのこと調べてくれてもいいじゃないか!!!

私の不満は溜まる一方だった。

 

「ねぇ、赤ちゃんの予定日がいつか知ってる?」
募る不安を少しでも小さいものにしたくて、超基本的なクイズを夫に出してしまった。
「当たり前だろ、バカにしてんのか?」
さすがに夫のご機嫌もナナメになってしまった・・・。

それくらい何だか分からないけれど追いつめられていた。

 

父親としての自覚を持たせたいがために、区が開催している「両親学級」にも申し込んで行ってきた。

周りは純粋に、赤ちゃんを迎える楽しみがいっぱいでやってきている夫婦ばかりで、そんな中、私は「夫の意識改革をせねば!」という意気込み。

けれど他の奥さんたちと話してみると、実は同じような思惑の人もチラホラ。

何だそんなものか、と安心して、その後の講義とか沐浴練習とかオムツ交換練習とか、一気にどうでもよくなってしまった。

人形相手に沐浴練習してもなぁ・・・みたいな。

(せっかく開催してくれた区の担当者の方ゴメンなさい・・・。)

 

夫に父親の自覚を持たせたくて試したあれやこれや。

自分の不安な気持ちを少しでも打ち消したくて、色んなこと仕掛けてしまったけれど、本当に意味がなかったと今なら分かる。

 

そして今になって思うのは「あれはマタニティーブルーだったんだ」ということ。

その時は自分はマタニティーブルーだとは思いもしなかったけれど、夫の一言一言にいちいち腹を立てたり、目くじらをたてていた自分は間違いなくどうかしていた。

 

今まさにマタニティーブルーの人には、産むと終わるから大丈夫!と声を大にして言ってあげたい。

そして、あの頃の自分に教えてあげられるものなら、本当に教えてあげたい。

 

あの散々なマタニティーブルー期を上手くやり過ごしてくれた夫にも今なら感謝できる。

 

2人目の妊娠を躊躇するのは、出産の時の痛みよりも、あのどうやってもコントロールできない自分の感情だと思う。

 

 

 

悪阻のツラさは体験した人にしか分からないよね

マタニティーライフにつきものなのが「悪阻」

みんな簡単に「悪阻」とか言うけれど、あれは経験したことのない人にしか分からない辛さだと思う。

それはそれは気持ち悪くて、電車に乗ることがまずツライ。
会社までは6駅の場所に住んでいたけれど1駅か2駅か進んでは途中下車をして、ベンチで休んでまた電車に乗り込む、なんてことをしていた。
そして、会社に着いても席に座っているだけで精一杯なんて日もあった。
今となっては申し訳ないと思えるけれど、本当に最低限の仕事しかしていなかったです。

何か食べていないと気持ち悪いんだけれど、食べるとまた気持ち悪くなるという悪循環。
そんな中味方してくれたのが、トマトとマクドナルドのポテト。
特に、トマトはタッパーウェアに詰め込んで常に傍に置いておいた。
寝る時は枕元に置き、気持ち悪くて目が覚めたらトマトをかじる。仕事中もかじる。

安定期でない頃、同僚にはトマトダイエットでもしているんじゃないかと思われていたくらい。

 

そして、週に2〜3回はマックにポテトを買いに行ってた。

何でか分からないけれど、他のファストフード店のポテトは嫌でマックのポテトが良かった。

飲み物も冷たいお水しか飲みたくなかったから、頼むのはポテトのSサイズ。それだけ。

 

自分的にはしんどかったけれど、悪阻で会社を休んだことは2回しかないから、きっと軽い方だったんだと思う。

悪阻が酷くて全然会社に来れない人なんて、本当にどうしようもなく辛いんだろうな。

 

自分が妊娠するまでは全然気が付かなかったけれど、電車に乗っていたりするとマタニティーマークを付けている人を良く見掛ける。

妊娠する前は分かっていなかったけれど、お腹が出ていない悪阻の時期と臨月が1番しんどい。

今は自分が電車で座っている時は、周りをなるべく1周見渡して妊婦さんがいないかチェックするようになったくらい。

環境の変化は自分をもつくづく変えてくれる。

妊婦にとって情報過多は良くないよね

「妊娠」以降、色んな雑誌やネットから情報を収集して分かったこと。
●12週目までの流産が、全体の流産の中の9割を占めていること。
●心音が聞こえたら、1つめの段階はクリア。

 

自分の母親も祖母も初めての妊娠は上手くいかずに、赤ちゃんに会えなかった。
この話を聞いたのは、小学生とかそれくらいの時期だったはずなのに、自分が妊娠した途端その事実を思い出して「流産」という言葉に敏感になっていった。

 

あれ?何か腰が痛い気がする。
あれ?何か子宮の辺りが痛い気がする。
あれ?今日は随分とだるい気がする。
大げさだと頭のどこかでは分かっているけど、いちいち敏感に感じ取ってしまう。

そして、その都度スマホを片手に検索してしまう。
「妊娠初期 腰痛」「妊娠初期 流産 兆候」など。
当たり前だけど、ネガティブな検索ワードで検索しているのだから、引っ掛かるのはネガティブな情報ばかり。

その度に、布団の中で涙を流し、(今となってはどうかしていたと思う)
翌日には病院に行って、エコーで赤ちゃんが無事かを確認する作業を3回くらい行った。

 

幸いにも主治医の先生はとても優しい人で、
「心配だったら、いつでも見にきていいからね」と親切な言葉を掛けてくれて、
この先生の対応だけで、「あーヨカッタ」とホッとした気持ちになるのでした。

 

娘を無事に出産した今、私の後に妊娠をした友人の何人かが
「妊娠中ってお腹チクチク痛くなったことある?」とか
「つわりが急に1日だけ治まったことってある?」などの連絡を貰うことがあった。

 

そんな時はいつも決まってこう答える。
「もう覚えてないけど、あった気がするよ。心配なら病院に行くのが1番!ネットで検索して気持ちを落としたりしちゃダメだよ。」と。
実際にそんな経験なくても、大丈夫だよ!という意味合いで「あったかも」と伝えてしまう。
もちろん「出血してる」などの本当に一大事な時は、すぐに病院に行くべきと伝えるけれど。

 

今となって思うのは、妊娠期間中って周りが思っている以上に気持ちが繊細になって、ほんの些細なことにも敏感になって傷付いてしまうものだから、自分にとって気持ちが沈んでしまうような情報収集や、ネット検索はやめた方がいいです。

始めての産婦人科

内診台のカーテン越し。
「うん、赤ちゃんいるよ~。」
白髪まじりの優しいおじいちゃん先生が、ごく当たり前のことのように教えてくれた。

 

この時初めて涙が出た。
内診台で足を広げながら泣いているなんて、気味が悪いな・・・。と冷静な気持ちもあったけれど、それでも涙がちょっと出た。

 

本当にちゃんといるんだ、という安堵の気持ち。やっぱり嬉しい気持ち。
まだまだどんな姿なのかも分からないし、カタチのないものだけれど、愛おしい気持ちがジワジワと溢れ出て、その温かい感情は1日中おさまらなかった。

 

内診が終わって、診察室に戻ると先生が赤ちゃんの色んな情報を教えてくれた。
今が8週目だということ。赤ちゃんの大きさが13ミリであること。予定日が7月5日であること。
普通の生活を送って大丈夫だけど、お酒は飲まないこと。しんどかったら休むこと。
次は2週間後に来てね、ということ。

 

すっかり浮かれた気持ちになった私は、帰り道に「たまごクラブ」というプレママ向け雑誌を買った。


この時はまだ、妊婦生活がこんなに自分にとって不向きな期間だとは知らずに・・・。

陽性反応

真ん中にクッキリと表れたピンクの線。
ハッキリと「陽性反応」だと分かった。

 

本当に妊娠していたら、どうしよう。7ヶ月後には結婚式なのに。
検査する前はそんな風に思っていたけれど、あのピンクの真っ直ぐな線を見た瞬間「ヤッタ!」と思わず声に出していた。

妊娠しているかも?!と期待をして、していなかった時に落胆したくなくて、自然と自分の気持ちをセーブしていたのかもしれない。

 

夫に「陽性反応」が現れた検査薬の写真をスマホでメールする。
すぐに電話が掛かってきて、「ドラッグストアの検査薬でしょ?明日すぐに病院に行こう!」と言ってくれた。

話し声は落ち着いていて、「嬉しい!」や「よくヤッタ!」などの言葉はなかったけれど、喜んでいるんだな、というのは電話越しの空気でとてもよく分かった。

 

後々聞いたことだけれど、病院の情報じゃないからあまり喜びすぎると、もし妊娠してなかったり、残念な方向に進んでいたら辛いでしょ、と。

何だか似た者同士の夫婦だな、と思った。

 

妊娠している予感

その日は突然やってきた。

 

1週間前にバンコクから帰国して以来ずーっと気持ちが悪くて胃がムカムカする。
あの灼熱の暑さと、タイ料理の香辛料にやられたんだな。それにしても長引くな。体調不良のせいで生理まで遅れてるよ。30歳手前となるとカラダもやっぱり歳を取るんだな。なんて思っていた。

 

「ただの疲労」と思い込んでいたけれど、1週間経っても胃のムカムカは治まらない。
それどころか、大好きだったクロエの香水を、いつものように体に振りかけたとたんクラクラーっとして地面が揺れている感じがした。
お風呂上がりに柔軟剤の香りがするバスタオルに身を包まれる瞬間は、小さな幸せを感じる時間だったのに、なぜだか甘ったるい香りが鼻の奥の粘膜にまとわりついて吐き気が一気にやってくる。

 

ここまで来たら、何人もの友人から教えてもらった「妊娠した時の話」が頭をよぎって、もしや・・・という気持ちが湧いてくる。

 

子供はずっと欲しいと思っていた。
夫とも「将来は子供2人か3人は欲しいよねー」なんて話もしていたので、妊娠して困ることなんて1つもなくて、むしろ喜ばしいことだけれど、7ヶ月後に結婚式を控えていたこともあって、まさかこのタイミングで妊娠なんてしないでしょ、と高を括っていた。

 

そうこうしていると、会社でインフルエンザの予防接種を受けなければいけない日がやってきた。
「もしも本当に妊娠していて、予防注射の影響でお腹の子供に何かあってはいけない!」という本能のようなものが働き、急いでマツキヨに妊娠検査薬を買いに行った。

渋谷のマツキヨは、狭い通路と棚に商品が所狭しと陳列されていて、なかなかお目当ての妊娠検査薬が見つけられない。
いつもの私なら、すぐに店員さんに声を掛けて商品を持ってきてもらうけれど、何だか恥ずかしい気持ちが沸々と湧いてきて、何度も通路を往復してようやく妊娠検査薬を手に入れて帰路についたのでした。